サイロのある分教場の思い出

 私が気に入って、プログやSNSのプロフィール、また画像掲示板のトップに使っている絵である。友人Mの描いた絵である。実在した風景に彼が想像も加えて仕上げた絵という。なにかロマンチックな香りがあり、郷愁も。

 この絵の場所は、信州木曽山中、標高900mほどの高原にある。奥の建物は、今はもう40年近くも前に集団移住した集落の冬期分教場の跡である。塾講師だった友人がこどもたちのサマースクールなどに利用する目的で離村した集落から借り受けた。また、手前のサイロは、集落の最後期、若者グループが酪農を試みて建てたものであるが、今ではむなしく風雨に残骸をさらしている。

 この広場もかっては村のこどもたちの歓声がひびいていたのだろう。友人はこの建物を山荘代わりにも使っていたので、私も何回かここでの合宿に参加し楽しんだ。この絵は、元教室の部屋の壁に掛けてあったもので、100号もの大きなキャンパスである。

 4、5年前、山上の旧集落に至る谷筋の電柱が大きな水害で何本か持っていかれ、それ以来、配電が止まったままで復旧していない。友人も今は、この元分教場の山荘へ出掛けることはあまりないようだ。